脳腫瘍(神経膠腫)手術後の高次脳機能障害の日々

31歳11ヶ月で左前頭葉神経膠腫の手術を経験。その後の日常を気まぐれで更新。以下URLは病気関係の本棚です。https://booklog.jp/users/cloverbk/all?category_id=3559096&status=all

術後327日後

今日はいつもの水曜ではなく土曜日ですが、手術した病院の主治医が月2回の外来対応をしているとのことで、診察を受けに来ました。

 

受診理由は頭痛が治らなかったからです。

3週間前に整体に行き(A整体)、そこは割と強めにマッサージしてくれるところで(ものすごく痛い)、直後はすごく頭が晴れて血流が良くなってるんだなーと実感できるのですが、2-3日するとまた元に戻ってしまいます。

そこで職場の人から、はりきゅうに行ったら効果が長続きすると教えてもらったので、1週間前に行ってきました。そこの整体(B整体)では、はりきゅうは勿論、普段の姿勢改善のサポートみたいなことをしてくれるところでした。B整体の揉む強度はA整体に比べると全然弱めです。頭から足先までの神経について説明してくれて(壁に神経のポスター写真が貼ってある)、普段の姿勢改善のアドバイスもしてくれました。

それでも1週間もせずにまた頭痛がし始めて、一昨日には脳圧を下げるイソバイドシロップを飲みました。昨日は飲まずに眠れましたが、心配なので今日受診してMRIもとって来ました。

 

結果から言うと、MRIは6月に撮った時と大きく変わりはなく、経過観察で良いとのことでした。

またC病院にリハビリで通うのをやめたことも主治医の先生に伝えました。

MRI画像に関する見方も教えてもらいました。

 

 

術後320日後

20日ほど前、前回ブログを更新した日の翌日にリハビリ病院に診察に行ってきました。

この病院は、最初に手術した病院(A病院)から転院する時に、転院先候補として2つの病院を紹介され、B病院に転院したのですが、実際に転院しなかった方の病院(C病院)になります。

 

なぜこのC病院を受診することを考えたかというと、B病院の先生がやや信頼できなかったからです。悪い人ではないのですが、単純に知識不足というか。B病院でリハビリを担当してくれた言語聴覚士の方にもその話をしたところ「そうでしょうね笑」という感じでした。

 

6月にC病院の先生の初めての診察を受けて、MRI画像から色々と詳しいことを教えてもらいました(後述)。B病院の先生よりもずっと詳しいと思って、高次脳機能評価テストを受けることにしました。テストの内容はB病院の時とほぼ一緒でしたが、その時との比較もできるのでいいかなと。

 

で、7/10が高次脳機能評価テストの結果を受けてのC病院の先生の診察だったのですが、結論から言うと、記憶障害は確かにあるけれども、仕事をしながら課題点を自分で見つけてやっていきましょうということになりました。職場でとれる病気休暇の日数が上限に達しており、このリハビリをやれば必ず良くなると言うものもないので、そういう結論になりました。

 

6月にC病院で診察を受けた時のメモを残しておきます。

「ここ (写真1、 MRI を回転させながら) がやられていたら、 あなたはこんなに話せていない。 ここは中枢。 内側 (写真2) はやられている

写真1

写真2


一内側というのはどういう働きをしているのですか?
「中枢にいく白質という繊維。 中枢そのものではない。 脳は部位に応じて果たす役割が違って、部位間を連結する繊維が繋がってないから、(これは推測だが) 少し欠損したところをその周りの神経細胞が補って、今のように話せているのかもしれない」
「画像上、 手術後しばらくはろれつが回らないような (助詞とかがつかないような) 運動性失語が起こった可能性はある」ー(実際に自分がそうだった)
「中枢 (写真1) がもろにやられてないからこれで済んだ。 自然経過もあるし、リハビリをしたお陰でここまでよくなった」
「前方の皮質(写真3) についても損傷はしているが、そこまではやられていない」
前頭葉の機能がワーキングメモリーなどを担っている」

 

写真3

※白質(はくしつ) :脳と脊髄からなる中枢神経組織の中で、 神経細胞 (ニューロン) の細胞体に乏しく主に神経線維が集積し走行している領域
※大脳皮質:機能の違いにより、一次的な働きを受けもつ一次野と、より高度な機能を受けもつ連合野に分けられる。 連合野は、さまざまな異なった情報を統合し、 判断、記憶するとともに、その情報に応じて適切な指令を出す高度な機能を営む。前頭葉は一次運動野ともよばれ、運動機能や自律機能、精神に関係する連合野でもある。

術後300日後

こんにちは。

6月終わりに大学病院に行ってきました。

前日までは、化学療法(抗がん剤治療)を覚悟していました。

病院に行く時はいつも質問することをメモしておいて、それを見ながら質問します。

ちなみに前回用意していたメモはこんな感じです。

 

・化学療法をする場合、通院は可能ですか

・できることならなるべく化学療法はしたくないです。腫瘍がいまより大きくなってから手術した場合、後遺症が出る可能性はありますか

・腫瘍が大きくなる速度はどのくらいですか

・主治医になぜ腫瘍が悪性化するのかその原理を聞いたところ、遺伝子が変異するからと教えてもらいました。自分の腫瘍の検体を病理検査してもらった時に、遺伝子解析とかまでしてもらいましたか

・どうすれば遺伝子変異による腫瘍悪性化を防げますか?何に気をつければいいですか

 

手術してからしばらく経って、毎日のように夜寝る時頭痛がし、前日もバスに乗っていたら右足が痺れたのでおそらく再発したのだろうな、と思っていました。

 

結果から言うと杞憂に終わりました。

自分のブログをどの方が見ているのか分かりませんが、Twitterで知り合った方の中には、自分よりもグレードの高い方もいらっしゃいます。

なので、これから書く内容を見られたらもしかすると気分を害されるかもしれませんが、あくまでpilomixiod astrocytomaの方の参考になるようにと思って書きます。自分にできることはそれくらいなので。

先生からの回答は以下の通りでした。

 

・化学療法の必要はない

MRI検査は3〜4ヶ月に一度でよい

・同じグレード(WHOグレード2)の他の腫瘍だと2-3割悪性化する

・pilomixiod astrocytomaの場合、ほとんど悪性化しないし、まず死ぬことはない

・(5 年生存率は 83.9%,5 年無再発生存 は 66.7%という文献もあったが)5年以内に亡くなるのは先生の感覚では1割

・目に見えない取りきれていない腫瘍が残りそれが大きくなることはあるかもしれないが、そこにさえ気をつけていれば大丈夫

・昨日の足が痺れたのは、てんかん、けいれんの可能性があり、抗てんかん薬を飲んでいなかったらおそらくそれがもっとひどくなっていたかもしれない。再発ではなく、脳手術の後遺症によるもの。

・腫瘍が大きくなる速度はかなりゆっくり

・最近の頭痛はおそらく季節の変わり目によるもの

 

ということでした。

自分で調べたいくつかの論文では、どれもpilomyxoid astrocytomaはpilocytic astrocytomaよりも攻撃性が高くあまり予後はよくないということが書いてあったので、いまだに半信半疑ですが、信頼している主治医が紹介してくれた先生が言っていることなので、とりあえず安心しました。

 

先日、近藤誠先生の「医者に殺されない47の心得 医療と薬を遠ざけて、元気に、長生きする方法」の要約動画を観ました。それによると、化学療法、放射線治療を否定しているようで、CT撮影は医療被爆と言っていました。ちなみに日本はCTの数が先進国平均の約4倍だそうです。

末期がんならモルヒネを使えば苦しみもある程度コントロールできる、化学療法、放射線治療は患者のQOLを下げるみたいなことも本要約動画では言っていました。

 

 

高次脳機能障害の方は、術後300日経っても違和感があります。術前とは何か違うなという感覚があります。

高次脳機能障害の影響を感じる時」ということでその都度メモしているので、それを紹介します。(上にいくほど最近)

 

・同じ人に2つ別件で聞くことがある場合、前なら1つずつ頼んでいたが、今は自分のことしか考えられず、2つ同時にメールしてしまう。前なら電話である程度良好にコミュニケーションが取れたが、(今回の場合、1つ目の件はありがとうございました。ところで2つ目の件ですが〜)今はそれがうまくいかない。→記憶力が落ちたから?

・問題の根本を特定する力(論理的思考力)が明らかに落ちた、と感じる

・午後になると疲れてしまって、コピーした書類をそのままコピー台に忘れてしまった。

・とにかく15時とか脳が疲れやすくて何も考えられない状態

・仕事でweb会議があり、準備していたが、冷房が効いていない部屋だったので、急遽部屋を変更することになった。そこでPC、ディスプレイ、など移動させなければならなかったが、自分が次何をすれば良いか咄嗟にわからない。

・病前:今日は雨がひどいからあまり仕事にならないだろう。在宅しよう→効率重視

・術後:雨がひどくても仕事はしなくても出勤することが重要。→形式重視

・病前は「この仕組みはだめだ、これでは辛い思いをするひとがいる」と社会に対する健全な怒りを感じていたが、今は感じなくなった

・病前は、新しい研究課題のアイデアがすぐ浮かんできていたが、今は浮かばなくなった。

・長く話し合う時(1時間以上とか)、話すと話が頭に入ってこない。相手の言っている内容が理解できない

・新しい人間関係を築きにくい

・仕事の会議で以前は答えられたような質問に答えられない。周りの助けを借りなければいけない。

・昨夜ドラマの細かい内容を職場の人と話そうと思っていたことを次の日には忘れる。 

・以前は雑談ができていたが、最近は思うようにできない。人間関係が変わってしまったというのもある。

・以前はアイデアマンと呼ばれることが多く新しいアイディアはよく浮かんだが、手術後はあまり浮かばなくなった。

・以前(コロナ前)は合コンなどに行ってよく話していたが、最近は複数人の話にうまく入っていけない。

・とにかく脳が疲れやすい。以前は10時くらいまで起きてたのに8時には寝る


3月以前

・会話をするときに、何か面白いことを話そうと思って、相手にとって何が面白いかなと考えていくつか話題の候補を考えるんだけど、その時にそれが思い付かない、もしくは思いつきにくくなった

・仕事で長いメールを理解することが苦手

・話をしながら次話すことを考えることが苦手。恋愛婚活で先を読む力が低下した気がする

株式投資でIRに電話する時に聞きたいことを聞けなくなった。理解力が下がってる?

・食べながら話すことを考えることが前よりも苦手になった

・データ解析時にどういう図を作ればいいか考えることが苦手になった

・目標を立ててそれを達成するために必要なことを考え計画する力が低下した

・細かい部分の記憶力が低下している

例:漫画の細かいエピソード

・何となくやる気が出ない→薬の副作用?手術で取り除いた部分の影響?

・思いつく話題の範囲が狭くなった

 

とまあ、こんな感じです。

こうやって書き連ねると、働けないことはないけど、仕事をする上で以前より何か違和感を感じているのがわかります。

 

もう一生このままなのかなあ。

まあ前向きにがんばります。

術後282日後

今日はMRI検査の日。

検査の日は毎回採血をするのですが、(造影剤を使うので腎臓が悪いと使えないらしい)3ヶ月以内なので今回は必要ないとのこと。

今までも毎回3ヶ月以内に受けにきてたけど。。まあいっか。

 

今回は2週間前くらいから夜寝る前の頭痛が特にひどくて、ただまあ1,2時間もすると寝れるんですけど、日中もぼーっとしちゃって、あまり仕事にならないので定期検査を3週間早める形になりました。あと2週間くらい前に右手足が少し痺れたり、ここ数日は夜寝る時に急にぴくっと自分の意思とは関係なく体が動いたりといった症状もありました。

あと多分関係ないけど、旅行先でベッドに後頭部をおもいっきりぶつけてしまって、その日の夜はあまり寝れませんでした。一応近所の脳外科に行きCT撮って問題無いとは言われたけど、やっぱり心配です。

 

12月、2月、4月と毎回再発したと思って検査を受けてきたわけですが、いずれも画像上は見られず経過観察。今回もそうだったらいいのになあ。でもだとしたらこの頭痛はなんなんだろう。。

 

MRI検査の待ち時間

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↓主治医の受診後

 

たぶん問題ないだろうと言われたけど、若干白く写ってるところがあるみたいで(今回は画像撮るの忘れました)、念のため今後の治療法(化学療法をするかどうかも含めて)を以前セカンドオピニオンで行った大学病院に相談しに行くよう言われました。

 

やっぱり少し嫌な予感はあたってたなあ。

 

あと先生に「どうして腫瘍が悪性化することがあるんですか、その原理を教えてください」と聞いてみたら、遺伝子が傷つくから、変異するからとかそんなことを言ってた気がします。

 

大学病院には、来週は仕事で行けないので再来週行きますかね。

 

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↓近所の脳外科受診後

 

家の近くまで戻ってきてついでに近所の脳外科に行きました。今日撮った画像を取り込んでもらいそれを見ながら「主治医にPETをとったらより詳しいことがわかるかもしれないと言われました」と話したところ、宮崎県の都城にPET検査の機械を自前で作っている大きな病院があるらしく、大学病院に行ったらそこを紹介されるかもしれないだとか「腫瘍が悪性化するのは遺伝子が傷つくからだと言われました」と言ったところ、大学時代の後輩がDNA解析の研究をしていて、この間教授になったよとかいろいろとウラ情報を教えてもらいました。

 

おわり

術後213日後

昨日はMRI検査の日。

先週木曜から日曜まで朝起きる時に頭痛がして右手足も若干力が入らなかったり痺れたりするような気がして、心配になり受診しました。

造影MRIは3割負担でも1万円以上かかります。

なので家計的にはなるべく受けたくないですが、腫瘍が大きくなりすぎると運動機能とかに影響が出ると思って少しでも症状が出たら受けてます。

 

毎回受ける時は、9時前に行って、受付でしばらく待ってから診察室に呼ばれて、先生に症状を伝えてMRIを受けようかとなって、MRIを受ける前に採血と点滴があって、またその後30分くらい待って、MRI検査に20-30分かかって、点滴を抜いて、待ち合い室に戻って、また30分〜1時間待って、診察室に呼ばれて、そこで先生の説明を受ける、みたいな流れなので、4時間くらいかかります。

 

そして最後の先生の説明を受ける時が1番緊張します。

 

昨日のMRI画像はこんな感じです。

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下が前回2月に撮った画像。

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腫瘍と血腫が同じ色(白)に造営されてしまうのですが、どちらもほぼ完全に消えていました。

一方次がたまたま2018年4月に撮った画像。

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5年前に撮った画像に比べると昨日撮った画像(下)は手術した部位が黒くなっています。

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先生曰くこの部分は水だそうです。この部分が無くなってるせいで、記憶力が悪くなったり、色々な機能が低下しているのかなあと想像してしまいます。


高次脳機能はいつか復活するのかなあ。


とりあえず再発してなくてよかったです。

 


GWに友人と天草に行く予定なので、これで行けます。

プライベートで旅行に行くのはコロナ禍になってから初めてです。楽しみだなぁ天草。

 

術後200日後

手術から半年以上が経過しました。

自分は仕事で研究のようなことをしているのですが、年度末なので仕事でプレゼンをする機会がありました。

比較的軽いとは言えど高次脳機能障害ですので、当然メモをすべてのスライドについて作成して臨みました。

職場の周りの人たちは、自分の仕事がその人たちにまわっている部分もある面、なかなか忙しく「スライド見てもらえませんか」と声もかけづらかったですが、その際、大学の友人を中心に何人かリモートでつないで、スライドを作成する初期の頃から指摘して貰いました。おかげでだいぶ助かりました。

おかげさまで、発表は無事に終りました。質問に対してその場で答える事はまだ難しかったですが、手術から半年しか経ってないので、発表自体は自分でも上出来じゃないかなと思います。ほんとに何回も何回も練習しました。。

 

現在の後遺症ですが、脳が疲れやすいのと複雑な事が理解しにくくなったこと、要領よく説明できなくなったこと、記憶力がやや下がったことなどが挙げられます。

あと職場のまわりの人に仕事で迷惑をかけていることもあり、職場でより一層大人しくなってしまいました。笑 引け目があることによっても性格って変わるんですね。

先日、プレゼン発表会とは別の、1年の研究成果を報告する機会があり、そこでの質問にうまく答えられませんでした。。ただ勉強不足で理解していないだけなのか、理解はしているけれど要領よく説明することが難しいのか、どっちなのかが自分でもわからないです。いずれにせよまだ議論をするのは難しく感じます。

 

一方で良い変化もあります。前にも書きましたが、些細なことや生きてるだけで幸せだと感じられること、周りが気遣ってくれてるおかげで生きられてるんだと思えること、疎遠だった父と会えたこと、友人が優しくしてくれること、などです。いまは障がい者に対しても優しい社会ができつつありますからね。あとスナック菓子や酒を一切とらなくなったのも良い変化なのかもしれません。

 

最後に、文字ばかりではつまらないのでMRI画像を載せたいと思います。

 

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この画像は2018年4月にたまたま撮っていたものです。この時はなぜ撮ったのかは忘れましたが気になる症状があったのだと思います。右上に少し白いのが写っていますが、主治医にもこれは気づかないかもと言われました。

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2枚目の画像は手術前の2022年9月に撮ったものです。白い部分が腫瘍になります。だいぶ大きいですね。画像だと左右が逆なので左前頭葉になります。

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3枚目の画像は手術後の2022年12月に撮ったものです。白い部分は血腫と言う血の塊のようなものらしく、これが腫瘍と同じ色に造影されてしまうのがMRIの弱点らしいです。でも素人には血腫と腫瘍との見分け方が解りません。。

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4枚目の画像は2023年2月に撮ったものです。この画像で血腫は取れて、ここから3ヶ月おきに経過観察しましょうとなりました。でもやはり血腫と腫瘍との見分け方が解りません。。

わかる方がいらっしゃれば教えてください。

術後100日後

どうもご無沙汰しております。

あれから予定通り10月末に退院しました。

 

病気休暇を11月末までもらっていたので11月は丸々一か月休みでした。

その間は久しぶりの友人に電話をかけたり、この際だから他の病院(歯医者とか)に行ったり、近場にいる友達が退院祝いをしてくれて温泉やご飯に行ったり、マッチングアプリで女性とお茶したり、週1,2回外来リハビリに行ったりして過ごしていました。1日1回は人と話すことを意識して過ごしました。入院中はほとんどの時間をベッドの上で過ごしたため、時間が経つのが長く感じましたが、退院後は早く感じました。

 

おかげさまで手術直後に比べるとだいぶ話せるようになったなと自分でも自覚しています。忙しい中電話してくれた方々には、本当に感謝したいです。

学生時代の友人は、結婚して子供もできた人が多いのでしばらく疎遠になっていましたが、今回久しぶりに連絡できてよかったです。

 

12月からは職場に復帰しました。

手術前に比べるとなんとなく記憶力や意欲が低下したなあと感じています。

あと疲れやすくなりました。

それといつまでにこれをやるという目標を決めてそこから逆算して日々のタスクを遂行するということを以前は自然とできていましたが、それができにくくなりました。

気持ちの問題もあるのかもしれません。以前はせっかく異動できた研究に残るために論文を書こう、学会で発表しようとかいうのがモチベーションになっていましたが、別に残らなくてもいいやとなっています。多分ほかの職場での嫌な記憶が今回の手術によってより薄れているのだろうと思います。

 

入院していた10月末にてんかんを起こしてしまったので市役所でヘルプマークをもらいました。2年間は運転ができません。

ネットで調べた実績のある社労士さんに電話で聞いたところ、自分の症状は高次脳機能障害はあるのだろうけど比較的軽度で、自分で電話できているし、障害年金の等級は3級すら厳しいかもしれないと言われました。ちなみに3級に認定されると支給額は年間60万円ほどらしいです。

 

退院してからマッチングアプリで5人くらいの女性と会いましたが、お茶の時間は最長で1時間くらいです。

単純に疲れるというのもありますが、手術前に比べると話題が広がりにくいし深くなりにくいなあと感じています。手術前は気になる女性だと3ー4時間話すことだってありました。それがたったの1時間。。

おそらく昔行った旅行や、観たアニメなど細かい記憶が思い出しにくくなっているのだと思います。大抵細かい話で盛り上がるじゃないですか。そこが大事なのにっていう。。

 

はじめのころは病気のことは正直に伝えていましたが、それだと終わった後にメッセージを送っても返ってこないことが多いので徐々に伝えるのをやめていきました。

 

自分は元々たまーにネガティブになる性格でした。

もう30過ぎて独身だしなんとなく死にたいとおもってしまう夜もありました。

自分は何人かの人を好きになって、そのうち何人かの方とお付き合いさせてもらったけれど、結局誰とも幸せになれなかったなあとか感傷的になったりもしました。

25~27歳がピークだったなとは思いました。あの頃に結婚しておけばよかった。。

コロナになる少し前くらいから合コンとかもなくなって、職業柄感染してしまうとまずいので旅行にも行けませんでした。

だから最後に北海道に行ってなんとなくそこで人生を終わらせようと思ってました。具体的な手段はあまり考えられてなかったですが、なんとなくそこに向かって半年前くらいから思ってました。

 

両親の離婚で母の老後資金が足りなかったことをきっかけに株式投資を勉強して人一倍時間を割いたのに、アズーム、野村マイクロ、アルベルト...どれもその後10倍株になった銘柄を取り切れませんでした。

コロナショックで塩漬けになって最後に挽回してやろうと思い、何度だってやり直せる、諦めるな的なももクロの歌に感化されて、一念発起して中小企業診断士の資格をとろうと思いましたが、あと一点足りませんでした。

マッチングアプリでいいねをたくさんもらい、若くて綺麗な女性ともお茶できたのに、そういう自分が良いと思った女性に限って次のデートは行けませんでした…

自分は両親が離婚しているから他の人より不利なのかなあとかあまり関係のない自分では変えられないことのせいにもしました。

 

そんな風にものごとをネガティブにとらえる癖が自分には染みついていました。昔、井川遥さん主演の樹の海という映画を見たことがあります。その中で、災厄は見えないところを飛び交っており、たとえばその人がネガティブで死にたいとかそう強く思えば思うほどそれに当たってしまうというような、はっきりとは覚えていないですがそんな描写がありました。

本当は北海道でレンタカーを運転しているはずの日にてんかんで倒れたので、後から振り返って映画のそのシーンを思い出さずにはいられませんでした。

 

今回病気になって気持ち的にはすごく前向きになりました。入院中にYouTubeを見ると、若くして病気になってもう助からないのに最後まで必死に生きようとしている人たちが何人もいることを知りました。

そんな風に、どんな状況であっても、どんな逆境であっても、諦めずに自分にでき得る限りのことをやる姿勢。その姿勢そのものこそが生きる意味なのではないかと外来リハビリの先生に教えてもらいました。

自分にはきっとまだやり残したことがあるのだと思います。同時に生きているだけで感謝しないといけないなと思っています。

あと最近は笑うことががんにも良いらしいので千鳥のお笑い番組とか見て笑っています。

 

だいぶ長い文章を書けるようになりました。